夕ドラ(再放送)「カーネーション」第13週 第73話~74話「生きる」(6/27放送) 感想

朝ドラ「カーネーション」を再放送で初視聴。不定期で感想を書きます。

初見&予備知識いっさいナシなもので、2度目の視聴をされている方からしたら「それ違うよ~」「その予想間違ってるよ~」などツッコミたくなることもあると思いますが、お許し下さい(笑)

第73話「生きる1」

あらすじ

昭和19年(1944年)12月

アメリカの空襲が各地で起こり出し、糸子たちも不安な日々を送る。

昭和20年(1945年)1月3日

糸子は子供たちを連れて、神戸の松坂家に新年の挨拶に行く。年老いた祖父の清三郎は、記憶があやふやになっていた。清三郎は、糸子と千代を間違え、「自分に大きな懐がなかったため、あんなに気の良い善作くんとの結婚を反対して悪かった」と泣きながら詫びる。

祖父母は姫路にある別荘に疎開することを決めていた。糸子が大阪に帰る際、祖母・貞子は糸子をしっかりと抱きしめ「生き延びや。必ず、必ず、また顔見せてな」と涙をこらえた。

この日、大阪の市街地に焼夷弾が落とされたことを、糸子は翌日の新聞で知る。

3月10日。東京で、これまでで最大の空襲があった。

続いて名古屋も焼かれ、糸子たちはいつ自分たちの元にも焼夷弾が落とされるかと不安でたまらない日々を送る。

3月14日の夜、糸子の街にも警報が鳴り響く。糸子は家族や縫い子たちと慌てて防空壕に避難しようとするが、縫い子のトメがあまりの恐怖に耐えきれず「よう逃げません。燃やされてもいい」と布団にくるまってしまう。糸子がいくら無理やり連れていこうとしても、トメは混乱するばかりでまったく動かない。

すると、祖父のハルが「一緒にいといちゃる」と言い出した。糸子は他の者を先に逃げさせ、自分も仕方なく家に残るが、トメは「おばあちゃんを燃やすわけにはいきません!」と言ってハルをおぶり、ようやく自分の足で歩き出した。

避難する最中、糸子は、善作の位牌と写真を持ってくるのを忘れたことに気付く。

糸子「けどしゃあない。堪忍や。お父ちゃん。縁があったら、また会おうな…」


感想

優子と直子が食べ物を取り合ってるところは微笑ましかった。たしか、糸子が小さい時も、食い意地張って妹たちの分も食べようとしてたことがあった気がします。遺伝か…、しかも優ちゃんもだったのか…かわいい(笑)

神戸のおじいちゃんは、善作お父ちゃんとお母ちゃんの結婚を反対してしまったことをこんなに後悔していたんですね…。糸子の結婚を機に、お父ちゃんとおじいちゃんは仲良くなっていたし、今更そんなこと気にすることないのに、おじいちゃんの中ではずっと「申し訳なかったな」という気持ちが消えなかったんでしょうね。仲良くなったものの、そこについてはっきりと「善作くん、辛くあたってすまんかった」と謝れなかったことも心残りなのかもしれません。ここでも、お父ちゃんとお母ちゃん、おじいちゃんとおばあちゃん、皆に「人生」があるんだなと思わされました。人が生きるということは尊いです…。

帰り際に、おばあちゃんが糸子を抱きしめたシーンは、切なくてあたたかかった。ここにいる全員、笑って再会してほしいです。戦争というのは…ほんまに、「もう会えるかわからん」のですよね…。松坂の家に入る時、糸子も「もしかしたらこんで最後になるかもしれん」という恐怖の中、笑顔をつくって家に入ったように見えました。

空襲に怯える日々の描写がすごかった。大阪で空襲があった、東京で空襲があった、名古屋もやられた、今度はこの辺とちゃうか…と、どんどん恐怖心が大きくなり、怖くて眠ることもできない。トメちゃんは「もう逃げたくない。よう逃げん。焼かれてもいい」とまで…。そこまで追い詰められるほどの恐怖は想像を絶します…。

それでも「うちが一緒におっちゃる!」と言ってトメちゃんに「なんも心配いらん」と声をかけるおばあちゃん。こんな時に不謹慎だけど…おばあちゃん…かっこよかった。「ほんまに逃げへんなら一緒に焼かれたろう、最後まで一人にはせん。他の若い者は逃げろ。」という優しさと覚悟、「こんな年寄りを巻き添えにしたらアカンって思うなら、逃げなさい」という後押し。どっちもが混在してたのかな…?瞬間的にあんなかっこいい判断ができるおばあちゃん、かっこよかった。結果的に、トメちゃんは「おばあちゃんを燃やすわけにいかん」と、震える足で立ち上がってくれました。トメちゃんは自分の心に打ち勝ちました。脇役キャラの縫い子さんにも、こういうエピソードがあるのがいいな…。皆がこうやって「生きてる」んですよね。


第74話「生きる2」

あらすじ

岸和田に焼夷弾は落とされず、糸子たちは明け方に自宅に戻れた。糸子は、善作の写真と位牌を避難用の肩掛けカバンに入れた。

翌日、大阪 尼崎が焼かれたことを新聞で知った糸子たちの不安は大きくなる。岸和田でも防火訓練の回数が増えた。糸子は、バケツの水をかけたところでどうなるものかと疑問を感じながら訓練に参加する。

糸子は知り合いを片っ端から周り、子供たちとハルと千代の疎開先を見つける。非常に古い物置で夏にはムカデも出ると言うが、糸子は皆の安全を考えて疎開する方が良いと判断した。縫い子のうち数人が家主の畑仕事を手伝うことで食べ物を分けてもらう約束も交わした。

ハルは「この家で死ぬ」と疎開を拒否するが、糸子は小柄なハルを無理やりリヤカーに乗せ、強制的に疎開先に運ぶ。

昭和20年(1945年)6月

警戒警報は日増しに増え、朝 昼 晩とひっきりなし。糸子は、警報が鳴ればひたすら逃げ、夜はろくに眠れず、昼は生活を支えるための仕事や疎開先の千代たちへの食べ物運びと忙しい。梅雨を迎え、疎開先では、家主が言っていた通りムカデが出始めた。そんな中でも千代は、近くの川に出るという蛍を孫たちと見ることを楽しみにする。

そんなある日のどこかの街はずれ。男性が野菜泥棒を追いかける。その野菜泥棒は、なんと奈津であった。奈津は逃げる道中、杖をついた謎の男と出会う。男は「べっぴん」の奈津を気に入り、「食わしちゃら。一緒に来い」と声をかける。奈津はその男の手をとるのだった。

7月になった。相変わらず空にはアメリカの飛行機が飛んでいる。相変わらず、ひっきりなしの警報。相変わらず忙しく動き続ける糸子。疎開先にいる千代たちも気力をなくし始めていた。

ろくに眠れず、満足に食べられず、糸子も疲弊していた。ある日、少し空き時間が出来た糸子は、自宅の畳の上に力なく横たわり、ふと、千代が話していた蛍は結局見れたんやろうか…とぼんやりと考える。

そこに、糸子宛ての公報が届いた。配達員は「ご愁傷さまです」と付け加えて去っていく。


感想

お父ちゃんの写真と再会できて良かった…。

糸子、みんなのために疎開先を見つけ、食べ物の確保も考えて、「主」としてもう一人前ですね。頭が下がります。本当にすごい。縫い子一人追い出すことはありません。さすが、お父ちゃんが「店主」と認めた糸子。

こんなきっつい現実の中で、疎開を嫌がるおばあちゃんのくだりは爆笑でした。つらい中でもこんなシーンを入れてくる作り手がうまいなぁ…と思いました。それに、ここに「生きている」のはあの小原家なんですから、厳しい現実の中にも周りから見たらプっと笑ってしまうことは実際あるんだろうな。糸子の舌打ちと、おばあちゃんの「覚えとれよ!アホ!」に大笑い。孫に向かって「覚えとれよ」って!(笑)おばあちゃん、まだしばらく大丈夫やな(笑)

それから、いっつもいっつも言ってしまう感想ですが、ここのところおばあちゃんの「ひがみ根性」がすごいとか、糸子がそれにつっこむとか、そういうことが何回か描かれてきていたので、こういうやりとりも違和感なし。

(近頃の「半分青い」は、個人的に「なんでこれまでこういう性格だったのに、急にこんな性格になってるの~!?」という違和感があるのですが、カーネーションは今のところそういうのがなくて、物語にも人にも筋が通ってるのが良い)

戦争の中でも生きている、生きるためには食べ物がいる、守りたい人がいる、そこはかとない恐怖がある、もうただただその連続で他に何も考えられない…ただ「恐怖」を描くだけではないそんな糸子の日々は、これまで見た朝ドラの中でもっとも過酷さを感じました。

ところで奈津のあの男は……。あの気高い奈津が泥棒……。奈津………。

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