夕ドラ(再放送)「カーネーション」第13週 第75話「生きる」(6/28放送) 感想

朝ドラ「カーネーション」を再放送で初視聴。不定期で感想を書きます。

初見&予備知識いっさいナシなもので、2度目の視聴をされている方からしたら「それ違うよ~」「その予想間違ってるよ~」などツッコミたくなることもあると思いますが、お許し下さい(笑)

第75話「生きる3」

あらすじ

糸子の元に届いたのは、勝の死亡を知らせるものであった。疲れ切った糸子は涙も出ず「ほうか……」と一言つぶやいた。ただ、うるさいセミの声が耳に響いていた。

糸子は放心状態のまま小原家は勝の葬式行列を出した。

ほどなくして、八重子の元にも泰蔵の戦死公報が届いた。

今日も子どもたちの疎開先に食べ物を届けた糸子は、神戸の叔父から「皆 無事やけど工場と屋敷が全部焼けた」と連絡が入ったことを千代に伝える。千代は「ほうか…」とつぶやいた。

そんな毎日の中で、心を失ったようにただただた日々を送っている糸子だが、子供たちが近くで見つけて来た赤い花を糸子に持ってきてくれた。

商店街に戻って来た糸子に、だんじりの祭囃子が聞えた。糸子がだんじりが置いてある倉庫に行くと、木岡のおっちゃんが倉庫を開けてだんじりを見つめていた。

糸子は堰を切ったように声をあげて泣くのだった。

その日の夕方、また空襲警報が響く。同時に、木之元のおっちゃんが「山中町(子どもたちの疎開先)に爆弾が落ちた」と糸子に告げる。糸子は必死に子供たちの元に向かった。

子供たちや千代、ハルは怯えきっているものの、無事であった。合流した糸子は子供たちをなだめながら避難を先導する。しかし、すぐ近くに爆弾が落ちた。家を出ると、近くが燃えている。糸子は「うちは死ねへんで…死ねへんで…!!!」と空に向かって叫ぶ。

その頃、奈津は謎の男と共に、少し離れた街に落ちてゆく爆弾の火を力なく見つめていた。

糸子たちは空襲をなんとか逃れた。「死なへん!」と叫んだものの、もういよいよあかんのちゃうかと思う程に糸子が気力も体力も失われてきた8月15日。日本が負け、戦争が終わったことが国民に告げられた。たくさんのものを失った糸子は、それを喜ぶわけでも悔しがるわけでもなく「さ…お昼にしよけ」とつぶやいて立ち上がる。


感想

勝さんの死亡を知っても泣けない糸子。糸子による淡々としたナレーションでその心境が伝わりました。

「とにかく食べてへんのと寝てへんのと、暑いのとうるさいのと…。…あっついなぁ……。なんしかモノが考えられません。言われるままに逃げて、言われるままに動いて。食べ物を届ける。寝れる時に寝る。でも寝てられんと起きる。そんなんで、太郎が泰蔵にいちゃんの戦死公報を持って来た時も、なんでかしらん、涙も出んのでした。気持ちっちゅうのがどっか行ってしまったようで。けど、これはこれで楽や。悲しいっちゅうんはつらいし、つらいのはしんどい」

勝さん…………浮気してたかどうか問い詰めることもできず、骨だけで戻って来ました。そして泰蔵兄ちゃんも……。いつも鼻歌を歌ってご機嫌だった勝さん、真面目で皆のあこがれだった泰蔵兄ちゃん。どんなにつらい日々を送り、どんなことを思って死んでいったんだろう。考えると苦しくてたまりません。容赦ないです。ここまで過酷な戦争描写は初めてに思います。爆弾が落ち、主人公や大切な人たちが逃げまどうシーンが続くのも苦しいですが、こんな淡々とした静かな描写は余計に恐ろしさを感じました。あの糸子までもが、感情をなくしてしまうなんて…。

感情をなくしても、いつもの夏と変わりなく淡々と刻まれる「時」を、セミの声で表現していたのもすごいな…って思いました。どんな世の中でも虫は無く。(確か、前にも糸子がこういうことをナレーションしてたこともあったと思います。何話か忘れたけど…)けど、いつも以上にセミがうるさく感じるのは、他のことなんかもう頭に入ってこうへんことと、人がいなくなって街に活気がなくなったからもあるんでしょう。

糸子に聞こえただんじりの祭囃子は幻…?木岡のおっちゃんは、勝さんが戦死し「もううんざりじゃ…」とつぶやいていました。うんざりな毎日の中で、だんじりという光を見たくて倉庫を開けたんだろうなと思います。糸子にとってもだんじりは人生の光・希望。だんじりの倉庫が開いたことを不思議と感じ取ったのかな…。

それをきっかけに、希望に満ち溢れていた明るい思い出と切ない別れが頭をよぎっていく糸子。糸子にとってかけがえのない思い出のはずなのに、この回想映像は白黒でした。明るい日々すらも、悲しい出来事に上書きされてしまったのかな…。

子供たちが糸子に渡した花は、花びらでした。もしかしたら、花を摘んだ子供たちがお母ちゃんに見せようとにぎりしめて運んでいるうちにバラバラになってしまったのかもしれません。幸せな日々だったはずなのに、多くの人や大好きだったものや当たり前だったことを失いました。美しい花がバラバラの花びらになってしまったことは、そういう比喩なのかな…。

堰を切ったように大泣きする糸子がすごかった…。糸子役はこの人にしかできないなと思いました。私はようやく糸子が泣いてくれて少しホっとしました。たまっている苦しいものは少しでも吐き出さないと死んでしまうよ…。

容赦ない展開、つらすぎる現実、救いがどこにもない日々が続きますが、子供たちがくれた花びらはバラバラになっても鮮やかな赤色のままです。どうか糸子たちの人生もこの花びらのように色や心を失わずにいてほしいと願います。

ちなみに、このシーンは夕暮れだったので、昼間はうるさいセミの声は止み、ひぐらしの泣き声に変わりました。(ひぐらしもセミですけど)ひぐらしの声って、なんとなく哀愁を感じますよね…。同じセミの声でも、うまく使い分けている演出がすごいなって…そういうのも感じました。

そして、ようやく戦争が終わりました。終わってくれました。長かった……。

「終わった~!!!!!」と一番に叫びそうな糸子が、淡々と「さ、お昼にしよけ…」とつぶやいたのは驚きました…。そうくるのか……。それくらい、気力も体力もなくしていて、「やった~!」なんて言われへんほどに失ったものも大きかったからかな…。終わろうが何しようが、いくつ大切なものを失おうが、糸子は「生きる(生きてる)」。サブタイトルと絡めて、そんな意味なのかな…。あ、でも「ご飯にしよけ」は前向きな言葉ですよね。食べて生きようとしてるんだから。そういう意味の「生きる」もあるのか…。(いつもながら、勝手に色々解釈してます)

しかし……なんて過酷な日々やったんやろう……。戦争が原因でないにしろお父ちゃんを失い、勝さんを失い、勘助を失い、泰蔵兄ちゃんを失い、間接的なことで奈津もいなくなりました。これでもかっていう容赦ない展開。糸子だけじゃなくて色んな人が大切な人を失いました。ブログ読者さんから「頑張って戦争を乗り越えて」と優しく応援してもらっていたので頑張れました。言ってもらってなかったらもしかしたら挫折したかもしれないと思うほどの苦しい期間でした。

「ここまでせなあかんか…!?!?!?!」と、ここまでこんな風に思う朝ドラは初めてだったかも…。「べっぴんさん」なんて、当たり前にちゃんと皆の旦那さん元気で帰って来たしね…久しぶりに「戦争の現実」を改めて突き付けられたような気がしました。

いや……でもね……基本的には「やりすぎ!」!ほんまにつらかった………。ドラマを越えてつらかったよ……。(しかもこれ、本放送の時は、朝ですもんね。見れないよ!朝からどんな気持ちにさすねん!)でも、ほんまにすごいドラマです……。赤い花びらの辺り~糸子が泣くシーンあたりは「これ…朝ドラか…!?」と思いました。すごすぎる…。ストーリー、役者さん、映像の作り方、効果音、BGM……私は素人だしこういうことには疎い方なんですが、もう朝ドラの枠を超えている作品だと思いました。

とにかく、ようやく戦争は終わりました。どうか、今回あったように過去が「白黒」になるのでなく、「鮮やかな思い出」として過去の日々を笑って思い出すことができるような明るい日々をこれからの糸子が過ごせますように。糸子の周りの皆も、どうか幸せな日々を送れますように。

(戦争が終わっての今一番の心配は、奈津と玉枝オバチャンです……)

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