スカーレット42話感想 近道はない、の巻

スカーレット42話の感想です

喜美子、弟子入りする

「お父ちゃんにも。あかん言われてもやらせてもらう。何回も何回も頭下げてな」

弟子入りすると決めた喜美子が言ったこの言葉は、ちや子さんの影響があっての言葉ですね。ちや子さんも何度も何度も頭を下げたと話してくれていました。

そしてフカ先生が、やりたいと思った時お金がないことに気持ちが負けたらあかん と教えてくれたことも大きいでしょう。

大阪で絵の学校に行くことを諦めた喜美子でしたが、今回は諦めませんでした。一度 夢を諦めたからこそできる決断だったのかもしれません。

(「カーネーション」で糸子がお父ちゃんに何度も頭を下げていたことも思い出すやりとりでした。)

応援してくれる家族

貧乏でも、他に何があっても、やりたいと思うことは突き通す。その覚悟をする。そこに向けて努力をする。

喜美子はそういう覚悟を決めました。

朝と夜だけの修行でどこまでできるのか…いつお金になるのか……など、考え出したらキリはないですが、何よりまず応援してくれる家族がいないとできないですよね。ちや子さんが来てくれたことによって直子との関係が良くなったことも、喜美子の後押しをしてくれました。良かった。

百合子「ごはんはなるべく喜美子姉ちゃんにつくってほしい」

でも百合子のこの言葉がかわいかった(^^*)これは多分、荒木荘で「仕事として」「大久保さんに教わって」極めた喜美子の料理がよほどおいしいってことですよね。荒木荘での大久保さんの一流の教えをここでも感じさせました。

お父ちゃん

やっぱり今回は、お父ちゃんとフカ先生の出会いが良い方に向かいましたね。

「女の子に無理やろう」とフカ先生が話したことに「そんな根性無しちゃう!」と反論してしまうお父ちゃん。こういうとこなんですよ!「お父ちゃんがクソ親父すぎて無理」みたいな感想を持っている方もいるようですが、こういうところが、あかんたれには間違いないけど、家族への愛があることは伝わってくるとこなんですよね…。

何度も頭下げて、ちゃぶ台も返されるつもりやったのに、まさかの形でお父ちゃんに認めてもらえる形になりましたね。ちょっとびっくりでした。

「すぐ弱音吐くやろ」「続かへんわ」と、フカ先生が言っていたような悪態を喜美子にぶつけるお父ちゃん。喜美子は「うちは そんな根性無しちゃうわ!」と笑って返す。ほんまはお父ちゃんもそう思ってる。喜美子ができる子やって分かってるから言ってる。「あんなん言われて 負けんなよ!見返したれ!」って心の中で応援してる。とてもいいやりとりでした。

(ほんまはお父ちゃんも、喜美子が絵付けやるのを全面的に応援してるわけでもないと思うんですよね。面白くない部分もあるんちゃうかな。でも、つい認めてしまった(笑)。……お父ちゃんの操り方は「酒で酔わせて」…じゃなくて、こういう方法やったんですね!笑)

修行

3番も4番も……実は何人も弟子がやめていて、喜美子は9番目でした(笑)ここに来て、前まで以上に「修行の大変さ」を知ることになった喜美子。視聴者にも、どんだけ大変かということが一段と伝わりました。

朝夜だけ修行…って、実際そういう人が「職人修行」に来たら師匠はどうするんでしょうね。ばかにするなって追い返す人もいるんでしょうか。フカ先生や兄弟子さんたちがそれを受け入れてくれたのは、絵付けの道を志した若者の夢を大事にしてあげたい という気持ちがあってのことじゃないかなと思います。あの時、苦しい選択ではありましたが、信楽に帰るという道を選んだからこその、良い出会いとなりましたね。

線の練習

「息を吐くように線を描けるように」「何万本も」

なるほどなぁ…息を吐くように…か…。私も絵が好きなんですけど、上手な人って線1本の書き方が全然ちがうなぁと思うんです。息を吐くように描けるくらいの練習量があってこそなんだなぁ…。ジョージ富士川が行っていた「基本があってこそ自由に描ける」みたいなセリフも思い出します。

フカ先生の教え

「近道はないねん。あっても、近道はおすすめせえへん。なるべく時間をかけて歩く方が力がつく。歩く力は大変な道の方がようつく。よう力つけとけ。今しかできひんことや」

めちゃめちゃいい言葉でした。ほんといい先生に出会えたね…。ほんとに…今しかできないことですね。私も中年になったからそう思うのかな。特に、喜美子は、家が貧乏ということもあり、早く一人前にならないと、これを職にしないと、という気持ちがどうしても消えないと思いますが、そういう喜美子だからこそ、今はしっかり「力」をつけておかないといけないのかもしれないですね。

やっぱり、ジョージ富士川の「基本があってこそ自由に描ける」を思い出します、うん。そうか…絵のことだけじゃなく、人の人生にもあてはまるのかもしれないですね。川原家が今 貧乏で苦しい思いをしているのは、はっきり言って、お父ちゃんの教養の無さが原因です。私はいつもお父ちゃんを見ていて、教育が大事ってこういうことなのか…と実感させられています。

基本の教養を学び、息を吐くように、正しい選択・広い視野・優しい心を持つことができれば、人生の可能性は広がり自由に選択できる。そういうことなのかもしれない。

このお父ちゃんがいて、家の事情があって……苦しい環境にいるなと思っていましたが、いろんな人から素晴らしい教えを学ぼうとする喜美子の人生が、急に可能性の塊に思えてきました。キラキラした未来が少し見えてきたように思います。

(でもジョージ富士川は、「自由は不自由やで」とも言っていますね(;´∀`)その意味もなんとなく分かるような…自由になったと思ったら、案外 結局新しいしがらみやルールが出て来て、実は世の中に 本当にやりたいことだけできる自由なんてないですよね…笑)

幼馴染の最後の「子どもの時間」

子どもの時間が終わりを告げたんですね…ちょっと寂しい…。夕暮れの工房に、子どものように無邪気に笑う3人というシチュエーションがより切なさを増してました。

あっという間に 3年が経過しました。ここでいきなり時間が経過するとは。

朝ドラでは、どこで時間を経過させるかというのもポイントだと思うんですが、このドラマは時間経過のタイミングが心地よく感じます。前は、喜美子が「3年帰らん」と言った後。今回は弟子入りした直後。「え~もっと細かいところ見たい~!」と思う気持ちもあるのですが、「肝心なところ描いてないやんか!」とは思わない絶妙なライン。今回も、映像にのせて新聞紙にたくさん修行をしていたシーンも見たし、「回り道しても力をつけろ」というフカ先生の教えに沿って喜美子が頑張って3年過ごしたことを なんとなく想像できます。しかも、時間経過後に「描かれなかった3年間」をセリフや些細な動作から感じさせる描写もうまいので、月曜の冒頭も楽しみです。

読者さんのRYOさんが「草間さんとの出会いも、大阪へ行って大久保さんやちや子さんと出会うことができたのも、元はと言えばお父ちゃん。」と書いてくださいました。

…ほ、ほんまや…!言われてみれば!!大阪から帰ってきたことだけと違いますね!喜美子が大事なものを得るきっかけは確かに今の所お父ちゃんでしたね…!たしかにすごい…よくもわるくも、子どものうちの人生は親の影響下にある ということと、どんなことも見方を変えれば良い面もある…という感じでしょうか。

あとRYOさんは、スカーレットが「緊張と緩和のメリハリが利いてる」ともおっしゃいました。そうです!私もそんな風に思っていました!その言葉、ぴったりですね!あのコメディ回を週の合間にはさむことで、フカ先生のお話とそれを静かに聞いて感銘を受ける喜美子が際立ちましたよね。やっぱり朝ドラは、1話だけでは語れません。

同じくメッセージをくださったWWWさんは、戦争の描かれ方から、現代社会の複雑さを感じておられました。分かります。私も、フカ先生の話を聞いていて、なんて今は贅沢に暮らしてるんだろうということを思いました。現代に置き換えると、考えさせられますよね…。いつの時代もその時代なりに一生懸命 日々を大切に生きる。私もそう思います。

同じくKAZUさんは「スカーレットに関しては、全く無駄な回、エピソードなんてないぐらい、よく作られた脚本だと思っています! 」とのこと。ほんと、私も同感です!サダさんからもらってたハンドクリームをお母ちゃんに塗ってあげてたところとか、本当に「無駄がない!」と思いました。KAZUさんは「フカ先生の前の先生が辞めていったくだりは なぜ必要やったのかな」という疑問はお持ちだそうですが、「絵付けの先生がいなくなった」ことで喜美子が「うちがやりたい!」と言えた……ってことじゃないでしょうか?もし絵付け師さんが普通にいるままだったら、喜美子はあんなハッキリ「やりたい!やってみたい!」と言葉にできなかったように思います。

受けについて

読者さんから「朝ドラ受けはもう書きませんか?」とご質問がありました。そうなんですよね…(;´∀`)

書きたいなと思う気持ちもあるのですが、手がまわらないというのが現状です。

(以下 長文なので、ご興味ない方は読み飛ばしてください。私の現在の考え方を語っているだけです(;´∀`))

今日の感想でも、多分2時間近くかけて書いてるんです。早く書き終わる時もあるんですが、文章にしているうちに 放送を見ていた時以上に踏み込んだことを想像したり気づけたりすることもあって、思ったより時間がかかってしまうことが多くて…。毎日の中で日々1時間~2時間を使ってしまうということは、どこかで他の時間を調整しながら生活しないといけないので、受けを書くことにかかる時間がたとえ5分であっても、今はその5分はブログではなく私生活に向けたいと思っています。

スカーレットの感想自体、ウォーミングアップのつもりで「書けない時は無理しない」と思って書き始めたのですが、常連読者様が喜んでくださったり返ってきてくださったりするのも嬉しくて、そして実際スカーレットは感想を書きたくなるくらい面白いので、結果的に毎日感想になっている状態で、あくまで「無理はしないでおこう」と思いながらやっています。

(どうも、いわゆる完璧主義的なところがあって、「書くなら書く、中途半端にしか書けないなら書かない」と決めたがる傾向があるんです。でも それは自分のクビをしめかねないし、自分が読者さん側だったら、好きなブログは、例え たまにであっても更新を続けてくれると嬉しいので、書けない時があってもいい・ゆるーく続けよう…という「完璧主義にならない訓練中」のような気持ちでやってます・笑)

そんな感じなので…現状としては「今は書けません」という答えになってしまうかなぁ…。

あっ、質問をくださった読者様が、急かしたり無理強いする気持ちで質問されたのではないことはちゃんと伝わっています!!嫌な風に受け取って、こういう弁明を書いているわけではありません。気を遣ってくださったことも ちゃんと伝わっています!大丈夫です(^^)!ありがとうございます☆☆

でも、ああ 楽しみにしてくださってた方がいるんだなぁと実感したので、一応 今の私なりの想いをちゃんと書くことにしました。長くなってごめんなさい。

あと今こうして気持ちを書いていて思ったんですけど、私の中で、やっぱり有働さんといのっち時代の受けほどに心が躍らない…というのもあるかも…。華丸さんが朝ドラ愛がすごい というのはちゃんと分かっているんですけど、他の2人がね…。いや、近江ちゃんも大吉さんも好きですよ、本当に。

でも、いのっちと有働さんとヤナギーの朝ドラ受けって、すごくバランスよくて面白かったんですよね…。「かっこいい~!」とか「私の好みは○○さんだわ~」とかはっきり言う有働さんは女性らしくてユニークだったし。かと言ってそういう視点だけじゃなくドラマそのものもちゃんと見てくれてたし、やなぎーは時々「THE昭和の男感」を出してくるけど そういう感性もやなぎーならではの視点だし、いのっちはちょうど間のバランスのとれた感想を言うけど優等生すぎる感じじゃなくて、つっこんだり笑ったり文句言ったりしてて。やばい登場人物には本気で怒ったりして(笑)とくにいのっちと有働さんは、ほんとに毎朝の朝ドラを楽しみにしてて、ちゃんと見てるんだなぁと思うことが多かったです。前の3人は「受けたくて仕方ない」って感じが伝わってきたんですよね。今は私自身が、3人からそこまでの熱力を感じてないのかもしれません。(あくまで私の感覚です。ファンの方が嫌な風に思われたらごめんなさい。現司会者さんたちのことは本当に好きです。)

…長くなってしまった。まあ…そんな感じです!(笑)

今日も個別返信はできませんが、メッセージはすべてしっかり読ませていただきました!いつもありがとうございます!

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