朝ドラ(再放送)純情きらり 年表

再放送中の純情きらりの年表です。

年齢は、その年の誕生日で何歳になるかを記しています。

※ご自身のブログ等に この年表の全部・または一部を使用されたい場合は、コメントか拍手メッセージで転載希望の旨をご連絡願います。

無断転載(コピー&ペースト)はご遠慮願います。

昭和3年(1928年)

桜子、祖父の納屋でオルガン(母が使っていた)を見つける。

桜子、祖父のため 初めての発表会をする。

昭和12年(1937年) 桜子17歳

桜子は西園寺公麿の演奏会に行きそびれるも、西園寺公麿と出会い、彼が講師を勤める東京音楽学校の存在を知り進学を志す。

新入生歓迎会にて独断でジャズアレンジした曲を弾き、1週間の停学処分を受ける。

父が落石事故に遭う。一時意識を取り戻すが死去。

桜子の音楽学校進学のため、父が退職金の前借でこっそり買ってくれていたピアノが届く。

杏子が結婚。

斉藤直道が有森家に下宿。

親友の薫子一家が東京へ発つ。

杏子がつらい生活をしていることを知った桜子が杏子を連れ戻す。

桜子と斉藤は互いに惹かれ合い、将来の結婚を約束するが、斎藤の家庭の事情で別れることになる。

昭和13年(1938年) 桜子18歳

受験のため上京。マロニエ荘の人々と出会う。

達彦が東京音楽学校に合格。桜子は不合格となるも、東京に残って来年の受験をもう一度目指すことを決める。叔母・磯が用立ててくれたお金で、西園寺公麿の音楽塾に入る。

親友・薫子と再会。薫子を通じて斉藤直道と再会する機会をもつが、斎藤は桜子と会わないことを選び、桜子の人生を応援する手紙を残して去る。

叔母・磯が有森家を出て洋装店を開く。

自分をいつも守ろうとしてくれる達彦の存在に気づき、桜子は達彦に想いを寄せ、両想いとなる。

マロニエ荘の住人・冬吾が独立絵画賞を授賞するも、なぞの女性が冬吾を探して現れたことをきっかけに冬吾は行方をくらます。

達彦の父が死去。

桜子、達彦を心配して岡崎に帰省。

岡崎に現れた冬吾が有森家に居候、笛子と親しくなる。

ふたたび冬吾を探して謎の女性が現れ、冬吾がまた行方をくらます。

達彦は音楽学校を辞め、家業を継ぐことを決める。達彦は桜子にプロポーズするが、桜子は音楽の道を選び、2人は別れることに。桜子は東京へ戻る。

冬吾もマロニエ荘に戻り、謎の女性・しま子とのしがらみを穏やかに解消。冬吾と笛子は岡崎で一緒に暮らし始める。

杏子が産婆を開業する。

冬吾と笛子が結婚を決める。

昭和14年(1939年) 桜子19歳

3月 桜子が東京音楽学校の試験に合格するも、家の事情により入学を辞退し、ピアノを売る。

弟・勇太郎が名古屋の高等学校に合格・入学。

杏子はあらぬ容疑で特高に逮捕されるが、冬吾の機転により釈放される。

笛子が教職を辞め、冬吾と結婚。

昭和15年(1940年) 桜子20歳

笛子が妊娠。

達彦が出征。(達彦が桜子のピアノを買い戻す)

笛子・冬吾・杏子が東京に引っ越す

桜子は達彦の実家・山長の若女将として働く

味噌の統制価格が開始

達彦が外地へ。桜子と達彦は結婚を約束する。

昭和16年(1941年) 桜子21歳

太平洋戦争が始まる

昭和18年(1943年) 桜子23歳

3月 桜子、第二子出産を控える笛子を助けるため一時的に東京へ

4月 杏子が正看護師になる

7月 冬吾たち新美術協会の展覧会が開催となるが、二日目に中止させられてしまう

桜子、サックス奏者の秋山から編曲の助手の仕事を受ける。桜子が編曲した曲がラジオから流れる

杏子、負傷兵の鈴村の看護を担当する

桜子、岡崎へ戻る。山長は、かねの妹 たね夫婦が乗っ取りを画策。

戦争に行っていたキヨシが一時帰郷、死を覚悟した達彦からの手紙を桜子に渡す。

かねが病気になり、桜子は自分の母としてかねの療養のお世話をする。

「一度ドレスを着てみたかった」というかねの夢をかなえ、桜子とかねで記念写真を撮る。

昭和19年(1944年) 桜子24歳

桜子の弟・勇太郎が出征する。

昭和20年(1945年) 桜子25歳

容体が悪化したかねの願いを受け、桜子がリストの愛の夢を演奏。その最中に達彦の幻を見る。

かねが死去

桜子は、従業員を守ることなどをたね夫婦に約束させた上で、山長から去る。

冬吾が桜子を元気づけに岡崎に来る。達彦を失い、かねを失い、寂しさから音楽を忘れようとしていた桜子が音楽への想いを取り戻す。

3月冬吾が東京に戻った直後、東京大空襲が起こる。心配で東京に出た桜子は、ガレキの下敷きになっている冬吾を助け出す。

杏子、戦争孤児と出会う。鈴村と再会する。

笛子一家が岡崎へ戻る。杏子は東京に残ることを選ぶ。

冬吾、空襲のトラウマで一時 絵が描けなくなる。

桜子は、冬吾のアドバイスをきっかけに小学校の代用教員になる。

杏子、戦争孤児を引き取り鈴村と結婚。

岡崎が空襲にあう。桜子は怪我で避難できない冬吾を助ける。

互いの特別な気持ちに気づいた桜子と冬吾は、離れることを決意する。

冬吾一家が津軽へ引っ越す。

8月 終戦

昭和21年(1946年) 桜子26歳

杏子一家が岡崎に移り住む。

冬吾は絵が売れて有名になり、笛子一家は裕福になる。

かねの一周忌、戦死と思われていた達彦が帰ってくるが、戦争のトラウマを抱えていた。

桜子、正式な教師が戻ってくるため、代用教員を辞める。

桜子、サックス奏者の秋山の誘いにより、ジャズコンサートにピアノ奏者として参加する。少しずつ苦悩を乗り越えている達彦が観にきてくれる。

桜子は、一時 冬吾を心の支えとして特別な気持ちをもったことを達彦に正直に話す。

4月 桜子と達彦が結婚。

磯も、昔の恋人と結婚。離れ離れになっていた実の息子と3人で暮らす。

祖父・徳次郎が死去。

昭和22年(1947年) 桜子27歳

7月 桜子は女将として山長を切り盛りする。

達彦が西園寺に相談をもちかけ、桜子の楽曲を発表するコンサートを計画する。

桜子が妊娠。体を気遣いつつ、コンサートに向けて練習を続けるが、桜子が結核にかかっていることが発覚。コンサートは中止となる。

子どもを産むと命の危険があると医師に告げられ、桜子も達彦も家族も思い悩むが、桜子の意志を尊重し、出産を決意。

12月 冬吾が川に転落し、生死をさまよう。桜子が冬吾をこの世にとどめるような不思議なやりとりがあり、冬吾は回復する。

桜子、岡崎で開催された冬吾たちの展覧会に行く。

昭和23年(1948年) 桜子28歳

3月 桜子、帝王切開で 男児・輝一を出産。隔離のため、わが子を抱くことはできず。

輝一のお世話のため、笛子たち一家が岡崎に戻る。

達彦、再び西園寺に協力をあおぎ、桜子の曲を世に発表する機会をつくる。

夏の終わり、達彦が演奏する桜子作曲の「まだ見ぬ子へ」がラジオから流れる。

笛子が第三子を妊娠。

桜子は、輝一のために自分の人生や想いつづったノートを達彦に託す。

※ご自身のブログ等に この年表の全部・または一部を使用されたい場合は、コメントか拍手メッセージで転載希望の旨をご連絡願います。無断転載(コピー&ペースト)はご遠慮願います。

スポンサーリンク
スポンサーリンク大
スポンサーリンク大

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加