言葉の間違いを正すことへの違和感

芸人のロザンさんのYOUTUBEをたまに視聴しています。

最近の動画の中で「本来の意味と違う意味で周知されるようになった言葉」についてロザンさんが意見を交わしておられました。

たとえば「敷居が高い」という言葉は、「私にはあの店は高級すぎて入りづらい」というように使われがちですが、本来の意味としては「以前に失礼なことをしてしまった為 お伺いしづらい」というような意味。

そういう本来の意味とは違う意味で使われているからと言って、それをはっきり「間違い」と言い切れるのかというと、(ロザンさんもおっしゃっていましたが)間違いとは言い切れないと思います。

言葉は時代とともに変化していくものなので、そもそも私が正しいと思っている「本来の意味」だって、江戸時代までくらいまでさかのぼれば違う意味だったというものも中にはあるだろうと思うので。

辞書ですら、時代に合わせて内容を変えていくものだと聞きますし。

ただ一応 今の時点では、「本来の意味」と「勘違いで本来の意味と違う意味で周知されている」の2通りの意味がある場合。ロザンさんの動画でも話しておられましたが、「それは本来はこういう意味なんだよ」と言うと、「細かいな」と煙たがられることが多い。そこには違和感を覚えていました。

その違和感の正体を考えてみたところ、そもそもの価値観の差なんだろうなと思いました。

私は母親が本を読んだり文を書いたりするのが好きな人だった影響もあって、子どもの頃から割と言葉そのものに興味がある方でした。

小学生低学年の頃に母親に手紙を書いたら漢字が間違っていて母親に訂正されましたが、「うるさいな」じゃなく「へえ!漢字っていろいろあるんだ!」と興奮したのを覚えています。間違いの訂正だけではなく、母親に「今日こんなことわざを覚えたよ」みたいな報告をすることもよくありましたし、今も夫婦で「今日 本読んでたら○○という熟語が出てきたけど、知らん言葉やったから意味を調べてん。あなたは知ってた?」っていう話をしたりもします。子どものころは辞書を引くこと自体も、勉強ではなく遊びの感覚でした。

私にとっては、そういう「言葉について話す」ことそのものが雑談の一種だなあと気づきました。昨日見たテレビの話やおいしいお店の話と、さほど変わらない雑談。

だからこの年になっても、間違って覚えていた漢字や言葉の意味を正されても、恥ずかしいとはそんなに思わないです。「ええ!そうなの?私 ずっと間違えて覚えてた!へえ~!逆の意味なんだ!間違って使ってる人 多いよねぇ?」などという風に普通に会話が続きます。内容によっては、多少は自分の勉強不足だ~という恥ずかしい感覚を持つかもしれませんが、それよりも、興味深く思ったり、これから間違えないように気を付けよう~と思う方が断然大きい感じ。

だけど中には、言葉の間違いなどを指摘されると「細かいなぁ」「そんなんどっちでもいいやん」「学歴がいいってアピールしてるのか」というようにとらえる人もいますよね。

そういう人にとってその雑談は雑談ではなく、学校で先生が生徒にする教育のように感じるものなのかもしれない。そう考えると、「なんで学校でもないのに、いちいち「それは間違い」とか言ってくるの?」と思う人も気持ちも少し分かる気がしました。

家族でよくニュースを見て 家族で政治や経済について話す頻度が多い家庭で育った人にとってはそういう話も「雑談」だろうけど、家族では楽しいTVを見て皆で楽しく笑うのが好きという家庭の人からしたら芸能人のことやドラマの話が「雑談」かもしれない。同じ「テレビ」の話題にしても、普段の生活によって雑談内容は自然と違っていきます。

ひとくくりに「雑談」と言っても、その人の普段の過ごし方・考えが結構入ってるものなんですよね。「その言葉の本来の意味ってこうなんだよ~」も、そういう認識の違いによって受ける印象は確かに全く違ってくるなんだろうなと思いました。

ところで、こんなことを書いている私が人の間違いを指摘しまくるかと言うと、いつの頃からか人の言葉の間違いや漢字の間違いを指摘しなくなりました。なんとなく、その行為は煙たがられるということを察したんだと思います。だけど、指摘しないながらも「なぜ 間違いを教えられることがそんなに嫌なんだろう?そんなにいけないこと?」という違和感をずっと抱いてきました。(私が間違ってる時だってもちろんあるし、そんな時 私は教えてほしいな~と思うので)

ですが、今回 ロザンさんの動画をきっかけに、雑談か雑談じゃないかという価値観によるんだろうと自分なりに結論を出せて、とてもすっきりしました。

でもそういう風に考えると、教養・価値観という部分は、若い時に考えていた以上に対人関係においてとても重要だな~と思います。

以前テレビでタレントのちあきさんが「私は、これまでの人生で一度もオシャレのことを考えてこなかったようなタイプの人とは仲良くなれない」と言っておられたことがあって、端的にわかりやすい表現だったので印象に残っています。みんなと仲良くできればそれにこしたことはないけど、やっぱり価値観が違いすぎる人とは、なかなか親しくできないところがありますよね。

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