朝ドラ エール 88話感想 「戦争」

エール88話の感想です。

今日は、オープニング曲もなく始まりました。朝ドラでは時々、オープニング曲を物語の進行に合わせてその日だけ最後に流したりする手法が使われます。希望溢れる展開の時にもこういう手法が使われますが(例:主人公が故郷を旅立っていくシーンに合わせて主題歌を流す 等)、今日のはもう嫌な予感しかしませんでした。「え…オープニングを流さないほどのことが…今日…起こるの…?」と。

前線入りしたとは言え、音楽の仲間と平穏に過ごしていた裕一が、敵襲に合いました。急なこと過ぎて、私もついていくのがやっと。そして、途中から涙が止まらなくなり、終わってからもしばらく泣き続けました。今日のは簡単には見返せない心境なので、いつもは大体録画を流しながらブログを書きますが、今日は映像は流さずに書いています。

さっきまで音楽や自分を慕ってくれていた青年の一瞬での死

裕一をすぐに安全な場所に移動させてくれた藤堂先生

昨日までここが前線だということも忘れるほど平穏に過ごしていたのに、瞬時に戦闘態勢に入る人たち

しかし、次々に死んでいく

藤堂先生の死

「戦争」を目の当たりにして、子どものように動揺する裕一

「知らなくていいこともある」と言う兵士

どれもが衝撃的でした。「戦争の時代はこうだよね」という風には、私は見ることができません。ただ「自分となんら変わらない「普通の人々」がこんなことに巻き込まれて命を落とした現実」が苦しかったし、許せませんでした。朝ドラで何度も戦争の過酷さに触れてきたけど、戦地での様子をこんな風にまざまざと見せつけられたのは初めてでした。残された女性目線でも苦しいし哀しいしたまらなかったけど、戦地はもっとつらかったです。今 打たれて死んだこの男性もこの男性も、その瞬間は愛する誰かを思い浮かべたのだろうか、実際にそんな人がどれだけいたのだろうか。そんなことも考えました。こんなことを「普通の人々」にさせた 国のえらい人たちは、安全に守られてる場所から命令だけしたんだろうか(日本だけじゃなくどの国も)と思うと本当に怒りしかありません。

裕一は「音楽の大先生」として慰問に行ったので、当たり前のように藤堂先生が守ってくれ、生き残った兵士も裕一を特別扱いしますよね。裕一が子どものようにすがってきても、振り払ったり責めたりもしないで。だけど、泣きたくて逃げたくてたまらなくても、兵士として来ているから許されない青年もいたことだろうと思います。

普通の人が時代に巻き込まれて命を落とす、もうこれだけで救いもへったくれもないのですが、それでも、藤堂先生は最期に自分を慕う教え子に会えて、家族への手紙も渡せて、まだ救われた気持ちがあっただろうなと想像します。手紙すら残せずに逝った人が大勢いる中…。だけど、こんなことは本当は救いでもなんでもない。こんなことを「まだ救われた」なんて思うこと自体が間違っている。

絶対にこんなことを繰り返してはいけない。絶対に。

エールは、多少おかしなところがあってももはや気づかないほどに流し見している私ですが、今日だけはしっかりエールが発信したものを受け止められたと思いますし、主題歌も流さずに、このつらい現実を朝ドラでしっかり描くと決めたエールの覚悟が伝わりました。朝ドラの歴史に残る1話になったんじゃないかと思います。

ひとつだけ、どうしてもつっこみたくなるのは、皆がバタバタ打たれて死んでいく中で、裕一だけはなぜか絶対流れ弾すら当たらないこと。でも実話をもとにした「フィクション」ですし、裕一が無事に生還することは分かっていることですしね。感想を書くブログなので一応軽く触れておきますが、まあ「おかしいやろ!」とか騒ぐほどのつっこみ感想ではありません。

この後もまだ戦争の時代は続きますが(あと1年ほどかな…?)、もう裕一は戦意高揚させる曲は作れないかと思いますが…どうなるんでしょうね…。

余談ですが、「最近このゲームが流行っている」と見聞きするゲームが、サバイバル系というか…端的に言うと「人が人を○す(書きたくないので伏字にしました)」ようなものがあるようでして、個人的にそういうゲームを子どもも大人もやっていると聞いてショックを受けました。ゲームなのは分かっているんです。「ゲームと現実が混同されて危険思想が~」とかそういうのも多少はあるけど…それよりも個人的に一番思うのは「こういうことが戦争では現実だったんだよ!?」って思ったんです。こんなことを普通の人がやらされていた、多くの人が亡くなった、悲しい苦しい思いをした「戦争」と私はどうしても重なって見えてしまって、「そんなことを露ほども思わずに、このゲームおもしろい~と思う人が多いという現実」がすごく悲しかったし、怖かったんです。そういうゲームが好きな人からしたら「いや、そんなこと言ってたら、なんのゲームもできないし、ゲームはゲームだから」って感じなんだろうけど。それも分かるし、自分がちょっと過敏すぎるんだろうなとも思いますが。けど、多分 朝ドラをずっと見てるのもあって、30越えたあたりから私にとって戦争って、そんな遠いものじゃない感覚だから、そんな風にすぐ思っちゃうのかな。

今ふと思ったんですが、エールはこの戦争の悲惨さをしっかり描くために、コミカル路線を貫いてきたのかな、もしかして。スカーレットなんかは、日常の繊細なところをすごくしっかり・重く描いてきたので、離脱する人も一定数いたようでした。「朝から重い」「朝ドラは軽いノリで観たい」という感覚の人もたくさんいますから。特に若い人にも見てもらおうとすると、あまり朝から&毎日 重厚すぎるものは毛嫌いされるかもしれません。たくさんの人に毎日見てもらっていれば、今日の、エールが覚悟をもって描いた「戦争」を目にして、考える人の数も増えます。今までの明るい穏やかな日常との対比も浮き彫りになります。そういう効果も踏まえて、あえて 朝ドラ初心者層でも見続けられる かるーいタッチをとってきたのかな。なんて、いきなり手のひら返しで褒めすぎかもしれませんが、そんな風に思いました。なんにせよ、今日の放送は本当に たくさんの人に考えるきっかけを与える放送だったと思います。こういう機会は、多い方がいいですもんね。忘れられていくよりは、ずっといい。

ちなみに確認したら、今週はエール18週。これまで朝ドラ前期の18週目の水曜日は、大体8月頭に放送されているようでした。(エール前の朝ドラは、週6話構成だったので、話数で比較すると時期がずれるので、あくまで週で比較)

コロナのせいで放送時期が大幅に狂ってしまいましたが、本来は終戦の日の少し前に今日の分が放送される構成だったんだと思います。

今日は少し長くなりました。このブログを見にきてくださる常連読者さんたちは、不思議と私と似たような感覚をお持ちの方が多いので、皆さんも今日の放送はいろいろ考えながら観ておられたんじゃないかなと想像しています。お返事はなかなか書けませんがちゃんと読んでいますので、皆さんの感想も良かったらお聞かせください。

昨日の記事にも感想や拍手をありがとうございました。(藤堂先生=森山直太朗さんについて、私と同じ思考回路の方がいらっしゃってクスっと笑いました。忘れちゃいますよね。今日も歌うまかったですよね…藤堂先生………せんせぇ………)

それでは今日はこの辺で。では

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