朝ドラ おちょやん第92話感想 万太郎の最後の舞台

92話感想~。

万太郎の最後の舞台

今日は胸が熱くなりました。かみしめながら泣く、って感じでした。すごく良かった…。

千さんと万太郎

物語の序盤からずっとサブストーリーとして描かれてきた千さんと万太郎。今日のためだったんですね。いや、「今日のための伏線」というか、「過去があったから今日がある」と言う方が適切かも。「今日のために過去のあれこれが描かれてきた」ではなく、「過去のあれこれがあったから今日の感動があった」という感覚がしています。あと、「感動」という言葉もちょっと違うかも。万感の思いって感じだろうか。ああ…ボキャブラリーが貧困で適した言葉が全然出てこない…。

「万太郎が千乃助を切った」、あの分岐点が無ければ、万太郎が笑顔で眠りにつけるほどに満足する今日の舞台は無かったかもしれない。ドラマなので「伏線」「布石」と扱うことはできるけど、今日の2人の姿を見ているとあの分岐点は人生のひとつの重要な分岐点だったんだなという感覚がしました。この2人のエピソードは、朝ドラだからできる表現・積み重ねだったと思います。

喜劇に生きた2人

喜劇を通して認め合い、慣れ合わずにそれぞれが喜劇の道を生きた2人。そんな2人だからこその、今日の舞台でした。

万太郎と千さんの間には言葉以上のものがある。喜劇に生きた2人は喜劇で語る。生きざまがかっこよかった。

最後に一度 名残惜しそうに振り返ってしまった万太郎と、「万太郎兄さん」と自分の言葉で呼びかけた千乃助。2人が徹底した演じてきた「喜劇」の舞台に、この瞬間だけは役を越えたものが存在していました。

この2人のエピソードに使った時間って、ドラマの中では決して多くはなかったと思います。千さんから万太郎への気持ちははっきり語られたので正確に理解できていますが、万太郎から千さんへの気持ちは言葉としては語られなかったし。

それなのに、ここまで2人に心をつかまれて今日の舞台に心を動かされたのは、本作の見せ方のうまさだと思います。また、今日の「言葉がなくても分かる」にちょっと通じている気もします。セリフとして言葉を重ねるだけが、ドラマを理解することじゃない、的な。

熊田さんや大山社長をはじめ、多くの人が「すがの家兄弟の1日だけの復活」に涙した…というのももらい泣きでした。

鶴亀新喜劇

さて一平は、寛治が戻る場所を作るためにも、鶴亀新喜劇に入ることを決めました。「次の世代」への愛情が決断につながったというのは、あったかくていいですね。千代たちには子がいないので、寛治の存在があるのとないのとでは価値観も違っていたことでしょう。

万太郎と千さんエピと並んで「人生の大きな分岐点」が及ぼす影響…というのを興味深く感じる回でした。

とっくりさん

千代たちの家に泊まった皆。……奥さんと子どもが5人いるとっくりさんは…家には…帰らないのかい…?3年も全国を周っていたのも…家族は大丈夫なのかい…?という素朴な疑問……。

まとめ

万太郎と千さんの物語はこれで終了ですね。これからは、千さんが言った通り、「万太郎」という存在に心を動かされた大勢の人々の記憶として万太郎は生き続けます。

間違いなく自分を愛してくれている後輩の役者と大勢の観客に送り出された万太郎は、役者として贅沢なほどの幸せ者でしたよね、きっと。皆こんな風に送られたいんじゃないかなと思うほどに愛された最期でした。そして同時に、万太郎は喜劇役者人生でこれだけ多くの人を笑わせたということの証明でもあるわけで。素晴らしい。

どこか不気味さすら漂う言葉数の少ない万太郎という人を演じた板尾創路さん、すごかった。千さん役の星田さんも、やっぱり今回もすごかった。お二人ともすごい役者さんですね。しょっちゅうドラマに起用されるのも分かります。いやぁ本当にすごかった。

千さんももう高齢なので、もしかしたら別れは近いのかもしれないけど、千さんも満足して舞台から去ることができるといいな…。

今日の感想はこのあたりで終わります。前回の記事にも拍手やメッセージをありがとうございました。楽しく読ませていただきました。

それでは今日はこの辺で。では(^^)/

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