朝ドラ おちょやん第112話感想 おかえり

千代が道頓堀に戻りました。

みつえちゃんの「おかえり」でいっきに号泣でした。みつえちゃんは最後まで泣かせる!!

千代が春子ちゃんの手を引きながら緊張気味に岡福の前に来た姿を見て、自分が思っていた以上に、道頓堀という場所に対する千代の心のしこりは固いものだったんだなぁ…と思いました。千代は何も悪いことはしていないんだから、一平に対するしこりはあれども道頓堀に対してはそんなに思いつめなくてもさ…とも思うのですが、最後の舞台でまともに演技ができなかったこと・誰にも何も言わずに出ていったこと、それらが皆に対する申し訳なさ・敷居の高さになってしまっていたんですね。だから、もし自分一人だったら、千代は道頓堀にはもう戻らなかったかもしれません。自分を心配して葛湯を作ってくれた春子ちゃん(おそらくラジオを聞いて、千代に元気がないことに気づいたんでしょう)のように、道頓堀には自分を思ってくれている人たちがいる、その人たちに応えたい。こうして春子ちゃんという存在もできて元気にやっているということを伝えたい。と、思えてようやく戻ることができたんでしょう。

テルヲの死の後 みんなが千代のそばに集まってきてくれた時も感じましたが、思い合える人がいるというのは本当にかけがえのないことですね。親の死も、夫婦関係が終わった悲しみも、いくら周りの人が手をさしのべても、その悲しみの本質を消してあげることはできません。けど人がいてくれることで、自分一人では生まれなかった気持ちが芽生えたり、一人では笑えなかったことで笑えたりすることは間違いなくある。千代は本当に幸せ者になりました。

千代を「千代ちゃん」と呼ぶ仲間たちのことも、なんだかすごくうらやましくなりました。子どもの頃から・若い頃から付き合ってきたからこその「千代ちゃん」という愛称。40代で新しく出会った人にはなかなか「ちゃん付け」では呼んでもらえませんよねぇ(笑)

「千代ちゃん」と呼ぶ仲間たちが、千代の子を可愛がる。千代が見守ってきた一福や寛治がお兄ちゃんとして千代の子と接する。時を越えてつながって広がっていく輪が本当にあたたかかった。

いいなぁ…自分もこんなあったかい関係が築けるような生き方してきたかったなぁ!(泣笑)

道頓堀に戻った千代。大きなきっかけをくれた熊田さんの優しい人柄には本当に頭が下がります。あとは一平との再会、古巣 舞台への復帰ですかね。

まだ「一平」という存在への傷・しこりと向き合わないといけませんが、実母と同じ看護婦さんになりたいけど自分に自信がない春子ちゃんの存在が千代の心を動かしそうでもありますね。楽しみです。

今日の冒頭で、千代が鶴亀新喜劇に1日でも復活するなんて「それこそ喜劇や」と一平が話していましたね。あの言葉で、物語のはじめの頃にあった万太郎さんの「所詮この世は笑える喜劇と笑えん喜劇のよじれ合い」という言葉を思い出しました。

振り返れば、本当におちょやんは笑える喜劇と笑えん喜劇のよじれ合いでしたよね。この言葉は言い換えれば「笑える悲しみと笑えん悲しみのよじれ合い」とも言えると思います。悲しさと喜劇が表裏一体であるということは、本作を通じて何度も感じ取ったことでしたから。世間をざわつかせた笑えん不倫問題を、最後に笑える喜劇として成立させるなんて、誰も予想しない誰も信じられない喜劇になりますね。(受けでの華丸さんの「チケットとれるかな?」はほんとその通りで爆笑でした!チケットなしで見せてもらえるかもしれない我々はなんて幸福なんだ~!)

今日はこの辺で終わりにします。昨日の記事にも拍手やメッセージをありがとうございました。時間の都合でメッセージへのお返事はしておりませんが、楽しく読ませていただきました。それでは今日はこの辺で。では!(^^)/

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