朝ドラ おちょやん第113話感想 

113話感想です。

千代と一平が再会。緊張した…。

一平と千代が向かい合って座っているところなんて何十回も見てきたのに、2人の間に流れる空気がもうまったく違うものになっていて、改めて、もう別々の人生になったんだなぁ…という感じがしました。

千代と一平が再会したのは橋の上でしたね。小さい頃に道頓堀の橋の上で一緒に泣いたシーンに重ね合わせていたのかな。

昨日の感想で仲間について書いた中で、「仲間がいても悲しみの本質を消してあげることはできないけど」というようなことを書きました。

今日、一番最後に一番大きな覚悟を決めて、一平の息子と顔を会わせた千代の姿を見ていたら、この一連の中で一番の悲しみ・苦しみの本質となっていた「赤ちゃんの存在」について千代を癒すことができるのは、同じ存在である春子ちゃんだけだったんだなと気づきました。春子ちゃんがいなかったら、今日の千代の覚悟はきっとなかったと思う。

道頓堀を去る直前に、千代は自分を必死に保ちながら、灯子とお腹の中の赤ちゃんの幸せを願う言葉を口に出し、その後「自分は本当にそう思っているのか?」と自分に問うていました。

自分も子を育てるようになって知った子への愛や苦労。それらが、一番最後に千代が乗り越えなければならない「一平の子の存在」を慈しむための勇気になったように見えました。

あの瞬間を以て、千代は一平を許せたんだろうと思います。

「許せた」と書くとなんだか短絡的ですね…。「お互い子ができて、今となっては過去が笑い話☆ではパパ友・ママ友として仲良くやってます~☆」的なレベルまで許せたとは思いません(笑)さすがにね。

けど、なんだろう、なんていうんだろう。あの過去も含めて、強くなれたというか、次のステージで笑えるようになったというか。

今日もやっぱりテルヲの時のことを思い出しました。あんだけめちゃくちゃされて憎んだ父親。死の間際になって、許せるものなら許したい気持ちと、もうそんな気持ちも持たないほど苦しめられた憎んだ気持ちとが渦巻いていた千代がいました。

そのどうにもならない気持ちは、テルヲの死を以て昇華されたように見えました。仏様になったことで、恨む気持ちから卒業できたような。

今回はその逆で、「新しい命」「生」の存在が、悲しみを昇華させた。そんな風に思えます。なんだか不思議な描写です。

そして、鶴亀新喜劇への出演を決めた千代。「娘に見てほしい」という言葉。ああ、そうか、結局 肉親に自分の舞台を見せる約束が一度も叶わなかった千代が、血のつながりがある春子ちゃんに舞台を見せるのか…!!舞台を見せないまま別れてしまったテルヲとヨシヲの存在は、この伏線だったのか!!

…なんちゅう脚本!!!!ほんとにすごい!!!!もう言うことないよ!!!!隅から隅まで完璧ですがな!!!!

さて昨日の拍手メッセージで、「 史実では、渋谷天外が書いた映画「桂春団治」に出演しているようです」ということを教えていただきました。そうなんですね!!

今ざっと調べてみたら、確かに出演されていて、その映画の脚本も一平のモデルとなる渋谷天外さんが担当されていたようです。映画上での2人の共演はなかったぽい。

舞台裏では顔を合わせたり、または合わせないようにスタッフたちが(先日のNHK職員のように・笑)必死に動いていたのかもしれないですね(笑)

今日の感想はここで終わりにします。明日明後日は舞台出演に向けて…となるんでしょうか。ああ…どんなラストになるのか楽しみです。

昨日の記事にも拍手やメッセージをありがとうございました。拍手メッセージへのお返事はしておりませんが、すべて楽しく読ませていただきました。

それでは今日はこの辺で。では!(^^)/

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